釣行記 (平成20年8月よりHP開設)                        八丈島荒磯会ホ−ムペ−ジ

平成20年、8〜12月

                     釣 行 記, 他

アクセスして頂いた皆様へ

本年は当ホ−ムペ−ジにアクセスして頂き、誠に有難う御座いました。

本年(H20年)の7月に当会員諸氏からホ−ムペ−ジの話が持ち上がりました。それではと、会員の負担の無い、安く上がるホ−ムペ−ジを作ろうと思い、8月に 「ヤフ-のかんたんに出来るホ−ムペ−ジ」 でやってみました。

が、これが素人の私には、かんたんどころではなく、見たことも、聞いたことも無い様な、専門用語等が出てきて、一時、頭がパニック状態でした。何とか見よう見まねでホ−ムペ−ジを立ち上げる事が出来ましたが、素人には、とてもむずかいですね。私のパソコンではキチンと画面に出ているのに、他の人のパソコンで観ると、ずれていたりして。

まア!少しずつ覚えていきますので、ガマンして観て下さいね。立ち上げた時、何も解らない私に適切なアドバイスして頂いた、木更津磯釣クラブの平松さんに、この場を借り感謝すると共に、今年は60cmオ−バ-の本石2枚釣り、おめでとう御座います。又、当会、会員諸氏にも立ち上げ時と、その後もいろいろと手助けしてもらい感謝しています。ここまで何とか少しずつですが、それなりの形になってきたと思っております。

今年は、以前の紛失してしまった写真を生める為にも、善い写真が立ち上げたばかりのホ−ムペ−ジに貼れるなア!・・・と思っていたのですが、こう云う時程、たいした釣果がない年になってしまうもんですね?。春に藤原前会長の65.5cm、5.2kの本石一枚で終わってしまいました。

伊豆諸島の黒潮の流路が今年はC型で、八丈島では永い間、冷水塊が居座っておりました。あまり良い釣果は聞かれませんでしたが、10月の全磯連秋期大会で 「もろこや」 さんの主人が総理大臣賞を取り、又、年末の30日に他クラブの方が75.5cm、9kのクチジロを釣る等、冷水塊と言えども、やはり一発があるなア-と思い知らされました。両釣果共、軍艦堤防です。

千葉県、房総にはC型の蛇行した黒潮が永く接岸し、南房の白浜渡船では60cmオ−バ-(最大68cm)が過去最高の年間で11枚出て、当たり年だったそうです。又、何故か今年は釣行する度にシケが多かった様な気がします。自然が相手なので仕方ないですね。

釣行出来る会員が少なくなって来ましたので何方か入会してもらえないですかねエ-??。ご一報下さい。

本年は多方面の方からご指南、ご指摘を授かり誠に有難う御座いました。来年も宜しくお願い致します。今後共、八丈島荒磯会を宜しくお願い致します。

                           平成20年12月31日  八丈島荒磯会  HP管理者 金子

年末釣行

3日目、最終日

 (12/29日)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日(28日)

…昨日の磯上がりは4時、ミノリ丸の水温計は14度だったらしい。年末釣行は毎年厳しい。が、しかしいつの間にか八丈の磯に立たっている。

それはこの「八丈島荒磯会」という釣りクラブのホームグラウンドだからなのか‥。多分それは、一年間この島で恙無く「磯釣り」ができたことへの感謝と、いつの時も温かく迎えてくれる人々への勝手なけじめ、なのだと決めている。


写真のうら若き女性は、磯上がりの途中に寄る町営温泉の受付孃で、二人いたのだが「写真を一枚!」と頼んだところ一人がカウンターの陰に隠れてしまった。

29日早朝
3日目最終日にして、北西の風はようやく弱まってきたようだ。前日の夜、NHKの天気予報を見てから、不動丸の宮崎さんに電話。「どうにか出せそう」との回答をいただいたのだが、「朝になってから」判断することにしていたので、夜明けまで何処で竿が出せるか不安だったのだ。

広江荘の部屋を出ると風は少しあるものの、昨日までの冷たい風は変り島らしい柔らかい空気に包まれていた。
  「大丈夫そうだ‥」と、いつもの赤いタオルを首に巻いた成田さんがぽつり。明日は一便で帰るので、今日は最終日だ。

エース釣具の若主人(通称タカヤン)は冷蔵庫からウニガラ3袋を車に積み込んでくれた。満足な結果を出せない三人を気遣い「やっと小島行けますね‥」と言った。「水が冷たいけど行ってきます」と田代さんが応えた。


港に着くと久しぶりの出航のせいか、おそらくは低水温でメジナやシマアジが釣れはじめたためか、足の速い優宝丸には上物師が押し寄せ、ごったがえしていた。

それを横目に、手慣れて、ありふれた動作で不動丸の脇に吊るした、シラガにガンガゼをウニ篭ごと舳先に積み込む。成田、橋本、田代の三名は期待に膨らんだ胸に、ライフジャケットと雨ガッパを着込み、不動丸の宮崎船長と、どこに渡るか作戦会議。

…いつも感じることだが、朝のこの時間が好きだ。もしかすると磯釣りの醍醐味は、沢山の荷を積み込んだり磯に着いてその荷物を手分けして、岩のへ下ろすことではないのか…。


八重根の低堤防を不動丸が過ぎるころ、潮霧にむせぶ雄大な八丈小島と、名残りのウネリが出迎えた。八丈本島と小島との水道は激しい潮流のため、いつでも波立っているが、小島に近づくにしたがい次第に収まってくる。


小島に先着した優宝丸はセイズコウ、ヨコセ等に次々と瀬渡ししたようだ。
不動丸は関西から来た二人を「ワダのカイダン」へ降ろした。「磯のキワをやってみて‥」とアドバイス。我々は「コジネの南」へ渡礁した。

手土産がわりのウニガラを船つけ下のサラシヘ入れた。竿のガイドへ22号のナイロンを通すのも、もどかしく作業開始。開始はしたが当て潮が強く苦戦。30メートル投げても50号の錘は足下の右の壁に張り付く。仕掛の消耗が激しくなり、三ヶ所ある棚を試したが何処も弱い反応だ。

最終日に、このままでは…と、なんとかいい結果を出したいが、時間の経過するにしたがい、ますます流れは強くなる一方だ…。


結局、磯上がりの時間まで頑張ったが、報告できる様な魚は出せなかった。八丈の海は優しくも厳しく受け入れてくれた。海は、三人の釣り人の思惑など全く感知せず、静かに冷たく温かい「水」を、南から北へと流しつづけていた…。


  不本意ながらここで筆を置くが、我々が帰る12月30日、時化の軍艦堤防にて75、5センチ9キロのクチジロを揚げた強者がいたことを付け加えておきたい。
              磯夢望より

本年は色々とお疲れ様でした。来年も皆で頑張りましょう。

(  1/14日磯夢望より携帯メ−ル寄稿分。原文そのまま記載)

 

         町営温泉の受付孃

 

   小地根南側にて。向こうは本島

 

       小地根南側にて。

 

    小地根の帰り、向こうは小島

年末釣行

 2日目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

12月28日
4時起床。夜のなごりのなかに木々の戦よぎと南原あたりに打ち寄せる怒涛が広江荘の部屋にいても気になる。

今日も北西の強風だ。北西の強風は、この広い八丈島でも石積みと昨日のウロウ根でしか釣り場はない。朝食後、エース釣具に寄りウニガラ3袋と、八重根港に吊るしたシラガウニ、ガンガゼを積み洞輪沢港へ‥。

30分足らずのドライブ、ミノリ丸は先客3人を乗せ舳先を岸壁に押し当て我々を待っていてくれた。先客は顔見知りの中山さん、堂本さんとその友人だった。再開の挨拶を交わし、船は無彩色の「冷たい岩礁」へと出港した。

ほどなくウロウ根に渡礁。ピトンを昨日と同じ沈み根右、黒崎向かいに打つ。硬いウニガラを一袋、祈りを込めて投入する。気難しい「海」は黒いモノリスを恭しく静かに呑み込んだ‥。

竿をセットし定石通り足下から始める。相変わらず潮は昨日と同じ「石積み」へ向かって一方通行だ。見上げれば三原山を越えた雲の破片は快晴の空を南東へと翔んでゆく。風裏のため海面は平らだが、回り込みの冷たい風は釣り人を狙い撃ちしてくる。向きを変え、前後左右から吹き付ける。

2個付けしたガンガゼにハサミを入れ持ち竿で構える。竿尻にそえた右手に、道糸が激しい流れを二つに引き裂き、重苦しい振動は絶え間なくカーボン繊維を通して感じる。コツコツと「何か」が反応してくる。張り過ぎず、送り過ぎず操作していると明確なアタリとなって穂先が20センチほどもたれる。50号のオモリが転がらない程度に22号のラインを張る‥。

何度か誘い、送り、投入点をずらしてみるが弱々しい反応ばかりだ。9時を少し回ったころ、港むかいの船着けでオキアミを丹念にコマセていた中山さんに何かがヒット。50センチの鰹が玉網に収まる。

ちょうどそのとき八丈釣行2度目の橋本君が朝一便で到着、ミノリ丸の舳先から手を振ってこちらに向かってくる。中山さんが場所を空けてくれたところに舳先の古タイヤが軋みながら押し付けられた。「おはよう」、「どう?」、「芳しくないな!」…。

友を磯に降ろし、気を付けてと沖山さんが言う。「ありがとう!4時まで頑張るから?」というと、離れぎわに船長は両手を大きく拡げ笑った。  ……沖山さん(船長)も歳をとったな‥すっかり角がとれちゃって…。

筆者が初めて八丈島に来たのが高校生のころ。…島にはまだ信号機が一ヶ所だけの時代。「鳥も通わぬ八丈の」南の果ての小さな漁港。崖の下にへばりつくようにぽっとできた集落は名字のほとんどが沖山姓だった。夏休みの半分をアルバイト、半分は沖山荘にお世話になって、わけの分からぬ釣りをして過ごした。沖山荘の斜め前にどうしたわけかケーキ屋が開店、と同時に沖山さんに赤ん坊ができた。よく夜泣きしていたその赤ん坊はいま40歳を過ぎてるはずだ。

あのころ船長は若々しくたくましい美男の漁師だった…漁港で出た魚のアラを錆びた石油缶にもらい海水を入れコマセる。短い堤防からの鯵(多分メアジ)釣りだ。20センチ位のがよく釣れた。オリンピックのスピニングリールに5号ライン、道糸に直接磯バリを結び魚の肉片を刺し3号のグラス竿を振り込むとすぐに竿が曲がる。時折、魚のアラのコマセに群がる小魚を追って1メートルを超える速く泳ぐ名も知らぬ魚の大群があの狭い港を駆け巡る。グラス竿に掛かったアジはヒラをうって真夏の陽光を反射しキラっと光る。一瞬、蒼い水のなかの木の葉の鏡は消える。竿がひったくられ、スピニングのべールが跳ぶ。道糸の出が間に合わない。平らな海面は5号のナイロンに引き裂かれ、ラインもグラス竿も緊張から解き放たれた。切れた‥。釣り人としてはあまりに稚拙な私は、糸が切れたことに気付くのに時間がかかった。「なんだアレ‥!」。テンぐさ漁から上がってきた沖山さんが後ろに立っていた。「アカブリだな‥」。「あかぶり、ですか?今の!」。「もっと大きなのも見るよ、アオブリもね」。、・・・・・

 ああ、あの時の強烈な印象が今よみがえり、同じ自分が同じ八丈島の磯に立っていることを忘れさせていた。……ふっと、現実の自分に戻ったのは石積、向かいでふかせ釣りをしていた堂本さんの友人の声だった。オキアミに30センチ位の縞目も鮮やかなイシダイが掛かったのだ。タイドプールに横たわるサンバソウをながめ、成田さんがぽつり、「オキアミを食ってるんじゃウニはだめだね、
水が冷たいよな・・・・・」。      磯夢望より

 お疲れ様です。又明日29日もガンバッテ下さい。

(  1/7日磯夢望より携帯メ−ル寄稿分。原文そのまま記載)

                    友人の上物師の中山さんに鰹

 

 

  

   堂本さんの友人に上物仕掛けにてサンバソウ

   久日ぶりに綺麗な縞目を観ました

 

 年末釣行

  1日目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


12月27日
成田、田代の両名は八丈島行き第一便で北西の季節風のなか羽田を飛び立った。  「それにしても寒いよカンチャン‥!」、「やるとこあるかな?」。
ほどなく晴れ渡る八丈島の東側、底土(そこど)から低空で侵入。眼下には大根(おおね)御正体根(みしょうたいね)はウネリとサラシで真っ白だ。上空は揺れたもののソフトランディング。宿の広江荘(電話0499621731)からランドクルーザーで迎えに来てくれたのは可愛い舞ちゃん。「いらっしゃ〜い」、「寒いね」、「昨日はアラレ降りましたよ」。
いつもの渡船、不動丸は西風が強く船が港から出せないとの電話。北西風なら洞輪沢のミノリ丸に電話、先行三名いるが乗れるらしい。早速、着替え目指すはウロウ根だ。

港へ車で30分、ミノリ丸の船長はポケットに両手を入れ待っていてくれた。「今日はウロウ根しかできないよ!」と船長。シラガウニ10キロ、ガンガゼ50ケを船の舳先に積み即出発。5分でウロウ根に到着。千葉県木更津から来ていた3人組が快くチャカを手伝ってくれた♪「凪ですね!」、「凪はここだけみたいですが潮が速くて‥」。見ると黒崎から石積へ流れる強い潮流のため竿先が左にベッタリ張り付いている。先行の3人はやや戦意喪失気味のようだ。

沈み根の正面に釣り座を構え、ウニガラを一袋足下に入れた。ハリの数だけシラガウニの芯を抜きガンガゼを上に被せ5メートルに第一投。当たり潮が強く左へ流される。手持ちにするが反応はない。少し右に投入すると仕掛けは馴染んだ。馴染むが当たりはない。ガゼを半分潰し再度入れ直す。小当たりが出始めるが穂先を震わすだけで弱々しい。

水温を測ると15.5℃…「冷たいね‥」。近くでエンジン音。ダイバーを5人乗せた船が潮上百メートルで止まったのだ。ここウロウ根はダイビングスポットとしても人気なのだ。丸い青白い泡が近づいたので昼食。時折、山を越えてふく北西風が前後左右から巻き込み、軽くなったバッカンが飛ばされそうだ。潮の下げ止まりに水温はいくらか上がり16.4℃。餌の付け方、捨て糸の長さ、投入点を変えたがそれらしい反応は無かった。無かったが2時頃、成田さんの竿が三番まで前触れもなく入り、仕掛けを揚げてみると三個着けたガンガゼの一番上だけがなくなっていた。その後上げ潮のため水温は15℃をきっていた。ダイバーの船が20分おきに来るので納竿。「明日も他の場所は無理」そうなので沖山さん(船長に)翌日の予約と、お礼を言って港を後にした。写真は離れ行く「ウロウ根」である。           磯夢望より

 寒い中、低水温とダイバ-、お疲れ様です。明日もガンバッテ下さい。

(  1/4日磯夢望より携帯メ−ル寄稿分。原文そのまま記載)

 

     帰港時の離れ行く「ウロウ根」

 

 

 

 忘年会

12月25日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとクリスマス当日、銀座「土風炉」にて八丈島荒磯会忘年会を開催。
参加者は、次の通り…
三浦さん(55;上物、痙攣),  辻阪さん(56;雑魚、痛風),  手塚さん(49;??、色ボケ),  成田さん(39;石物、頭痛),  木村さん(38;上下、痛風),  田代さん(38;上下、健康)   ※(年齢、釣物、持病)…年齢に関しては10年前の記録で現在は不明です♪
そして木村さんの令夫人キヨミちゃんがゲスト参加し7名での楽しい一年間の反省会となりました。
成田会長挨拶乾杯で和やかな雰囲気のなか、長老の辻阪さんの病気自慢。
辻阪さん…「おれさぁ、軽く脳梗塞でさぁ二回も担ぎ込まれてさぁ、いま痛風で右足がネ親指が腫れて…」。田代さん…「そうですか、じゃ大型のオヤビッチャはもちろん無理、ダツもダメですね」。??**?*??
三浦さん…「俺なんか腰を手術したけど右足が上がらなくて‥」、「でもトーナメントのパワーメッシュあれは良かったなぁ‥」、「エビソの離れ、あそこは乗れれば入れ食いだょ‥」。

成田さん…「今年は三回も大物をバラシたな〜、何だろうね?あれ!まるウニだったから‥!?」。と、誰かが「それは上げてみないと判らないよ」、「デカメのアオカン(カンムリベラ)?」、「三回のうちひとつは本物(口白)?」、 はたしてなんだったのでしょうか‥♪♪。…

てなわけで来期の爆釣を誓い散会となりました。
 ( 12月27日、  当会員の当日の記者、磯夢望より携帯メ−ル寄稿分。原文そのまま記載)

お疲れさまでした。来年は頑張りましょう。

11/28

島根のダミ声さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

28日島根県より藤原前会長が東京に現れる。

小人数で集合とのことで、連絡を取り、成田会長と磯野会員は所用にてやむなく欠席。田代副会長と金子の三名にて、渋谷釣具の三水前で六時に待ち合わせをした。

お互いに久しぶりに会ったが、前会長すこぶる元気である。店内の小道具を各々購入し、タクシ-にて一軒目の目黒船宿割烹 汐風 にて再会を祝し乾杯。

この汐風の大将は,沖釣りでの大物釣りが得意で,イシナギの102kを上げている。又料理は、こだわりのある品が多く、どれも絶品でとてもおいしいです。ちょくちょくテレビにも出演し、腕利きの板さん揃いの店です。

前会長は緑色の食べ物が一切ダメなアレルギ-体質(かな〜?)の変怪人(失礼冗談です。が?でもそんな感じ?)で、もちろん緑葉野菜等は食べません。

とてもヒゲの濃い方で、釣り関連に例えると・・・・・男前でやさしそうで濃いヒゲ・・・そうイシガキフグと、そのやさしそうな目で全体にガンガゼを、まぶし短く刈り込んだ感じ?・・・エ、エ〜なんだこりゃ?でもそんな感じ。後で怒られそう。

田代副会長はお話上手な奇巧師で、ア?、貴公子で、会員の良いこと、悪いことを的確に判断し、助言をしてくれる、とても頼りになる方で、ドラゴンボ−ルの遜吾空みたいな正義感の強い・・・・・・・・・・・・・・髪の形です。(形だけが?)???。又々後で怒られそう。

私??、二人の事を、これだけ誉めちぎったので?、私のことは後日誰かが投稿すると思います。マアそんなかんだで飲むうちに話が盛り上がりました。腹が膨れ、飲んで、いい気持ちになり、勢いで辻阪会員のカラオケの一番弟子??の銀座の洋子ママの店、‘さくら‘に出撃した。

藤原前会長は辺見マリのヤメテ-を直下型地震風(ゴメン・・でもそうかな-?)の喉で歌った直後に、何故か自分のダミ声と酒に酔い、撃沈し帰宅。明日、甥の結婚式だそうである。実はこの為に早退したと思いたい。思っています。・・・・式で歌うと、今日飲んだので、更にパワ-アップしマグニチュウドが上がると思われる。前会長帰宅後、しばらく雑談して終電が近い時間になったのでお開きにしました。とても、とても楽しい一日でした。又機会があったらやりましょうね。大変お疲れ様でした。(12/2付記載)

 

銀座スナック、さくら  TEL 03-3571-7773

連絡すると洋子ママが迎えます。

銀座5丁目泰明小学校の向かいです。

 

 

 

 

 

 

 

11月釣行

11/22〜24日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

22日羽田より一便で5名と,辻阪会員のみ最終便にて島へ釣行。

石物組は成田、田代、ゲストの橋本氏、NKの4名、上物組は辻阪、ゲストの玉井氏の2名の計6名で釣行。

22日の初日は5名で不動丸にて、田代、橋本氏、玉井氏の3名が黒崎に渡り、成田、NK、の2名がウロウ根に渡礁した。

黒崎では田代副会長、小ワサ2枚アオカン7枚、橋本氏、アオカン5枚、玉井氏、小ヒラアジと70cmのアオカン1枚と相変わらずアオカンだらけでした。

ウロウ根では最初の内、それなりのアタリがあったが1時間位してアタリがパッタリと途絶えた。海面を見ると目の前の沖側と更にウロウ根の廻りが、白い泡だらけで、ダイバ−が1船で7〜8人が3船で交互に入れ替わり潜っていて、結局納竿ちかくまで続き、お手上げ状態であった。

成田会長、NK会員共にガッカリ。釣りもダイビングも共に趣味、この時期致し方ないのかな〜と思った。不動丸から撮ったウロウ根の写真が八丈島のiwa-blogのある一日と題して記載されています。

今夕は皆で、久しぶりに低提にて夜釣りを7時半までやり、最終便で来た上物の辻阪会員が酒の摘みにメアジとサバを10匹位釣って本日は終了した。

         黒崎にて田代副会長、小ワサ

 

23日は小島、小地根の北に上物2名、南に石物4名で渡り、北側の辻阪会員はアカハタと雑魚?と、さらにダツのオンパレ−ドとの事。玉井氏はササヨとその他?でたいした釣果は無かったようで、2時上がりにて本日の最終便で帰路に着いた。

南側はゲストの橋本氏が石物は今回が初挑戦にして、2.5K位のワサを1枚上げた。皆で祝福し、本人も大変に喜んでおられ、その様子を見て私も昔、最初の一枚を釣った時の感激を思い出して、とてもいい場面でした。後で宿で乾杯したのは言うまでもありません。橋本氏は釣りセンス抜群で今後の釣行に大いに期待が持てます。NK会員、小ワサ1枚、成田会長、田代副会長、アオカン3枚で今日は終了。宿に帰り、島の温泉の、ふれあいの湯へ行き、宿で乾杯と釣り談議に花が咲き、夜9時半頃就寝した。

         不動丸船長

 

24日は5名で小岩戸に渡り、アオカンだらけの中、又々、橋本氏が2k弱のワサを上げた。成田会長、田代副会長、NK会員の3名共に踏ん張ったがアオカンのみで終了。上物の辻阪会員はナンョウカイワリ2枚、アカハタ1本、他?だったとの事でした。

12時に上がり3便と最終便にて帰路に着いた。今回の釣行は橋本氏の釣りマナ-の礼儀、謙虚さに会員一同見習うべく、初心を思い出させる、清清しい釣行でした。3日間大変お疲れ様でした。(以上11/24日、夜中付記載)

  

        小岩戸にて辻阪会員

 

    

         シラガウニのウニ芯

 

         黒崎にて橋本氏4k超のアオカン

 

    

          小地根南側にて。向こうは小島

 

         小地根南側にて橋本氏2.5kワサ

 

 

       小地根の帰りの夕焼け、右側が小島

 

 

     早朝の日の出、八重根から小岩戸へ。月が見える

 

 

           小岩戸にて橋本氏、2k弱のワサ

11月釣行

11/1〜2日

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

11/1、2の両日、田代副会長と金子の二名で千葉南房へ釣行。

10/31夜10時に田代宅に寄り、一路白浜へ。途中食料及び館山の大洋釣具にてエサを仕入れ、明日の釣り場である白浜渡船にAM1時頃到着し素泊まり。AM2時に就寝。

翌朝AM5時半頃起床、窓から沖磯を見ると南西の強風でシケて各島共、波を被っており一階に下りて様子を聞いたが渡船を遅らしても無理そうだとの事で本日は渡船中止。仕方なく風の避けられる洲ノ崎に行き、牧原根にてAM7時半頃から釣りを開始したが釣り最中、今度は風が北風強風に変わり、頑張ったがAM11時頃ここでの釣りは終了した。

次に向かったのは北風の避けられる布良に行き、昼頃から竿を出したが上げ潮でそれなりに風も強くシケ気味なので午後3時に納竿。

田代副会長,風向きによって釣りが出来る場所を良く知っていて、それなりに楽しめました。本日はお疲れ様です。今夜は川下の勝丸に泊まり風呂にゆっくり入り、おいしい夕食を食べ明日に期待しながらPM9時に就寝した。

翌日は田代副会長の師匠であるUCKクラブの長谷川会長と鈴木氏の4名で川下長島に渡船したが、南西が強くシャワ-を浴びながらの釣りとなり、時間経過と共にさらに厳しい状況となったのでAM11頃、勝丸に電話し撤収した。

4人で昼食後、長谷川会長の案内で穴場と思われる千倉港のテトラで竿を出したが3時半頃エビ網船が来たので納竿。今回、長谷川会長及び鈴木氏に大変お世話になり誠にありがとうございました。又、機会が有りましたら宜しくお願い致します。シケ続きの中お疲れ様でした。(以上11/2日夜付記載)

    

  この時は2人共シャワ-と強風に耐えている(長島にて)  

       

        千倉港、テトラにて長谷川会長と鈴木氏

  

          洲ノ崎にて田代副会長

 

 

 

             布良にて

 

   

    長島にて、UCKクラブの長谷川会長  

  

10月釣行

10/24〜26

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/24日、N,Kさん羽田から条件付きで島へ。何とか着陸できたが南西の風8〜9mの強風で大シケ。

車から見た八重根低提はもろ,波をかぶっていた。エ−ス釣具のおやじさんが、私に底土の軍艦に行ってみたら?、と言うことで東の軍艦堤防に行くことにした。

昔は何回も行って泳がせ等をしていたが軍艦は15年以上ぶりである。昔は堤防釣りは殆ど上物師で、(ヒラマサブ−ム時)石物師は堤防では,あまり竿を出さず殆ど磯であった。

近頃はどこの堤防でもそれなりに釣果があり又、行き易く、釣りやすい。どの提妨も先を延長したり、擁壁を再築したりして、整備されきれいになっている。

八重根から底土方面へ向かったが、走っている途中でも雨と風が容赦なく吹き付ける。昼過ぎに到着し、見えにくい堤防の様子をしばらく見ていると、波を被っていないようだ。

長靴を履き雨カッパを着て、ひさしぶりの軍艦堤防へ意気込んで出陣。

道具をカゴに背負い、雨と風をよけるように顔は下向きで歩いている中、時々横を見たりするが雨が顔に当たり痛い。横を見たときに随分変わったなアと考えながら堤防の中程まで行った時に、なんか変だなア、軍艦はこんな感じじゃあなかったよなア、まあいいかア、ポイントは堤防先端手前の右側だったけ、と思いつつ歩きながら来る時の車の走行中のことを考えていると、ア、ア、ア、ア--、アレ-いけね-来る時の標識を見て右側底土方面と書いてある交差点を右折してしまって(軍艦は神湊方面で直進)ドシャブリの雨と強風の中、突き当たりまできてしまい堤防があったので、ここだと思い込んでしまった。

ここは底土堤防だと気ずいた時、雨がハ゜ッタリ止んだ。周囲が良く確認出来るようになり廻りを見まわすとこの広い堤防にだ-れも居ない。そして島としては風裏になるが上から、横からの捲いてくる風が非常に強い。堤防自体は被っていないが少し沖合いでうねっている。

薄暗いなか、なんか急に寂しくなってしまい、カゴをしょって口を開いたまま、その場にしばし呆然と立ったままで、安全確認の為、周りを見渡す。

どうしょうかなア-と考えているうち、さっきからガマンしていた小便がしたくなった。

大きなカゴを背負ったまま左手で竿を持ち、右手で何とか手さぐりでチジこまった全体が皮だけみたいのを外に出した。

風下に向かってガマンしきった小便を放尿して最初あたりの一番絶頂時のハアフ-・・・という時に急に、まさに急にだ、突然に風が逆になり、突風でそのシブキが顔と開いた口と左手の竿にモロかかってしまった。・・・・・・・・・・

やる気消沈。寂しさに加えアンモニア臭、精神と体力撃沈。・・・・・脱力感の中、帰ろうかと思ったが、しばし一服しながら間をおくうちに、少しやる気がでてきた。

ア〜ア、やるか-、と頭とそして風に負けて向きを勝手に変えた皮だけの息子に言い聞かせ、重い体と小便臭い左手でピトンを打ち、竿をセットして第一投、意外と深く潮通しもいい。

然しあの手この手、ここに投入、あっちに投入等いろいろやってみたがアタリが殆ど無い。風もいまだに強く雨が又降ってきたので3時半位に納竿。車に着いて、なんともいいきれない、けだるさとアンモニア臭だけが残った。

その日エ−ス釣具のおやじさんから家に来ていっぱい(飲む)やろうとのことで(底土のことは言ってないのでそのことでのいっぱいではない)夕方6時位からやっているうち8時位に急におやじさんの様子がおかしくなり、気持ち悪そうで横になった。(飲みすぎではなく)早く休んだほうがいいと思い店を後にしたが、宿に帰ってアンモニア臭の衣類を洗いながら大丈夫かな-、と思い、もしかしたら脳溢血の前兆かな〜等、変なことを考え心配になってしまった。

翌25日エ−ス釣具に朝一で行くと、おやじさんが自分でもどうしちゃったのかな-、と考えたみたいで、ア?そうだったのか、とその答えがわかったそうで話を聞いてみると、私はその場では真面目にうなずき、笑いたいが失礼と思い笑えず、笑いたいのをこらえて体を丸めて、震わせながら釣りの準備をして、車に乗った時、大笑いしてしまった。

それはここのところダイエットをしていて、特に今はやりのバナナダイエットだそうで???今まで20年以上付き合ってもらっているがその気質と体力でバナナだけ???、NHK等、釣り番組に出たりしている島の釣りの名手であり又当会の師匠である、おやじさんにはここだけの話、全然似合わないと思った(失礼)。・・・・正直な、おやじさん、聞くほうも冗談は言いにくいが正義感が強く責任感のあるすばらしい人物で有る。・・・・昨日の食事は朝バナナ一本、昼はひさしぶりの、ひさしぶりの、バナナではなく・・・・・普通の昼飯と言いたいが・・・おかゆのみ・・・その日はそれだけで、夜はおやじさんの、いつものピッチの早い飲酒(これだけは変わらない)・・・・・これが原因です。体が、とてもとてもエネルギ-源をほしがっている時に、焼酎だけが一気に、なだれ込んだので細胞が着いていけなかったと思われる。

今でもその時の状況を思い出すと腹が振るえて笑ってしまう。私は書くのがヘタでその時の状況、顔つき等、上手く表現出来なく伝えられないのが残念です。その節はご馳走になり誠にありがとうございました。

さて今日の釣りは小島方面の渡船は不可とのこと。不動丸にてアオカンの巣と言われる黒崎に渡り、(シケの為、渡船はこの近く一帯のみ)第一投目からやはりアオカン(カンムリベラ)で始まり納竿までアオカン2k〜3Kが8匹、1.5k程のワサが一匹。アオカン釣りで今日も変に疲れました。

不動丸が沖合いで待機している時にウロウ根近くにいるが、ウロウ根の釣人は12時位から風が変わったため早上がりだったそうである。宿に着くと眠くて眠くて夕飯を食べ8時には寝てしまった。

26日はAM6時に不動丸の前の堤防からウニを水中から上げている時に船長が来て渡船できるか否か考えていたみたいだが人数不足のため中止。

今日は北東の風でやはり強い。最終便で帰るので宿に帰りやすい低提で竿を出すことにした。休日のせいか15名位釣り人がいる。

石物は私と、もろこや、の高橋さんとその客一名の計3名。私が昔、南原でクチジロを上げた時に丁度、高橋さんもその時居て、あの時はやられたなア-と言い、その時のことを覚えていたみたいで、私が今日も高橋さんがいるからデカイのがつれそうですよ、と冗談をいうと笑っていた。

程なくすると私の竿が入り、やだなア又アオカンかなアと思い浮いたのを見たら、やはりアオカンでガッカリ。その後又竿が入り2k弱のワサを何とかゲット、高橋さんも直後にワサを上げた。

昼になり二人は帰り、私は3時まで頑張ったがその一匹でおしまい。宿で帰宅準備をおわらせ空港に行く前にエ−ス釣具に寄ると岩礁磯釣クラブの宇佐美さんが居り、様子を聞くと昨日はウロウ根に10時渡礁12時に全員撤収と散々であったらしい。今日は低堤に行こうと思ったが風が強いと思ったので急遽石積に行き、これが大当たりでイシガキ3kを頭に2kの本イシ含み計6枚とのことでとても嬉しそうであった。

宇佐美さんも最終便で帰宅とのことで一緒に帰路に着いた。又お会いできるのを楽しみにして居ります。お疲れ様でした。(以上10/26日夜付記載)

   

 

 

 

 

  

 どうですか?うす暗くて寂びしそうでしょ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                     

 

 

 

      

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

         黒崎にて1.k位小ワサ

   

 

    低提にて宿へのみやげの2k弱のワサ

10月釣行

10/21二便〜23

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/21日、島根より藤原前会長、朝一便にて米子から羽田発二便にて八丈島へ。

全磯連の大会中のなか当会の釣果がいまいちなのでガンバッテほしいと連絡。肩の荷が重いとの由。

宿の広江荘からエ−ス釣具にて餌のシラガウニを調達し早々に不動丸に乗り込む予定であったが各船共都合により欠船とのこと。仕方ないので低提にてPM1時位に第一投。潮が右に流れ良い感じとなりPM2時位に本命らしきいいアタリがあったが食い込まず。その後たいしたアタリもなく夕方うす暗くなるまで頑張ったが明日に期待し納竿。(以上10/21日夜付記載)

翌22日朝6時から昨日大きなアタリのあった低提にて竿を出し、石物師5名程居たがたいしたアタリもないので南原に移動。南原に10:30位に到着し本場所で先客が一枚上げていた。池をはさんでその右側で第一投、ウニガラをしこたま効かせ午後3時頃竿が入り2k弱をゲット。直後にも二回程いいアタリがあったが食いこまず夕方5時に納竿。帰りにエ−ス釣具に寄るとその後低提で3k位のが釣れたそうである。明日午後帰るので明日も午前中同場所で竿を出すとの事。(以上10/22日夜付記載)

23日昨日と同じ朝一から南原にて竿をだしたが、たいしたアタリもなく強風と雨に苦戦。ブダイ一匹にて昼に納竿。濡れた道具類を方付け最終便にて帰路に着いた。島の最終便がPM5:10分、羽田経由島根の米子着が約PM8時前、自宅にPM8:30頃着いちゃうそうです。お疲れ様でした。

・・・・・・・追記・・・書かないでと言われたのですが記述してしまいます。初日と二日目の食い込まずは正確に言うと実は掛かって乗ったのですが全て巻上途中でのバラシだそうです。特に初日のは感触で4〜5kあったそうで本人はとてもくやしがっておりました。いまだ早合わせの前会長健在???。初日のはもったいないことをしました。

でも今まで東海汽船の石物の年間チャンプ等、年間結構釣っています。今年は春に石鯛65.5cm、5.2kを釣り精神、体力、下半身?共ますます盛んです。

余談ですが、他言、雑誌等でこの魚種にはこの釣り方が良い、というのがよくあるようですが、あまりこだわらず最低限のことはありますが自分に合った釣り方を自分の物にした人の釣りは観ていて気持ちの良い年季の入った、かろやかさと渋さ?(うまく表現できない)を感じます。

又、個々の釣り方がいろいろあるので飲んだ時等におもしろ、おかしい釣り談議になるんでしょうね。現会長の言う一尾一説ですね。釣りは真剣にもなり、面白くもあり、ほんとうにたのしいですね。(以上10/23日夕方付記載)

   

        10/22日、南原にて、エサはシラガウニ

10月釣行

10/17一便〜19

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 10/17日一便にて成田会長、田代福会長の2名で島へ。

当会の常宿の広江荘にて早々に準備をし不動丸に乗り込む。宮崎船長は4日前に退院し今日が仕事初め、奥さんがもう少し養生してから仕事をやったらと言われたが久しぶりに潮の香りをかいだほうが体にいいからと言って船を出してくれた。

一路カンナギを目指したが否に潮が速そうである。渡礁しピトンを打ち竿を出してみたが、やはりどうにもならないとんでもない何年ぶりかの潮の速さで、まだ小島廻りにいた船長に即電話し一ノ根の船付に磯替えした。一ノ根でも潮が速く(カンナギ程ではないが)プラス風も強く釣りずらい。全磯連の大会中でもあり、がんばってはみたが2〜3.5K位のカンムリ4匹(こればっかりはしょうがなく本命の時もある)で本日は納竿。餌はシラガとガゼ(ガンガゼ)。

海流図を観ると黒潮本流が蛇行している側端の曲がり部分が丁度、本島と小島にあり今後の教訓にもなった。明日は本島の南原沖磯のモロ根に渡ると連絡が入った。根性と気合だ、ガンバレ(以上10/17日夜付記載)

翌18日、AM6:30不動丸にて八重根を出発。いろいろな情報の結果モロ根はやめて北東強風だが急遽小島平根に渡礁。磯が低いせいか強風が前後左右あっちから、こっちから、そっちから、向うから、といやになる位吹付け又時折の大雨で悪戦苦闘、本命はゲットできず昨日と同じカンムリ2人で10匹釣り納竿。疲労困憊にて連絡有り。

お疲れ様でした。明日19日は大シケの為釣り出来ず、なんとか3便にて帰路予定とのこと。(以上10/18日夜付記載)

  

         強風に耐えている田代副会長

10月釣行

10/10夕方〜12

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10/10日、何とか仕事を終わらせ最終便にて金子、元会員の福田氏の2名で島に向かった。

福田氏が前々から初日の夜釣り希望で、夕方到着して身支度をしエ−ス釣具店にて夜釣り用のムロを買い低提でPM6:30位から石鯛竿+PEN4/0、道糸28号にてブッコミ釣り開始。

2人共アタリがあるが食い込まない。程なくしてまたアタリがあったので糸をおくってやり、きいてやると食わえたようなので大合わせをくれてやるとフックし竿は元から大曲になり瞬間にこれはデカイと思い、糸を出したり(テンション掛けて10m位)巻いたりを2回程し (やり取りの最中ジ-、ジ-と鳥がとぶような糸の出方だとエイくさいが、そういう感触ではないのでカメかな-、でかいフエフキかな-、もしかしたらでかいカンパかな-(勝手にいいように考える)、フエフキ、カンパだったらもっと走るし変だな−と思いながらやり取りしていた)。次の突っ込みで勝負をすることにし、糸をださず耐えると相手が少し疲れたようなので満身の力でポンピングして寄せた。

浮いてくる時に平面的な白っぽいのがユラ-と見えガッカリ。変なエイだな-と思い瀬ズレワイヤ-の上から道糸を切断した。感触で30〜40K位、時間にして約5〜6分間位の出来事。気をとりなをしてブッコミしていると今度はものすごい大雨、さらに風がでてきたので危険なので夜釣りはおしまいにした。宿に帰りフロに入って宿のさっちゃんと3人でカラオケ店へ、福ちゃん歌がうまくて店から景品を4個もらい上機嫌、われわれはゼロ、終了は夜中の2時、島に夕方きてヘトヘトになるまで遊び焼酎を一本明け倒れこむように寝た。

翌日AM5時に起床、不動丸の船長が検査入院とのことなので優宝丸に挨拶をし、小島カンナギ方面に向かったが小島廻り南、西、北側の殆どの磯場は潮を被っていたので小地根南に渡礁、ところが潮が早すぎて釣りにならない。オモリを落ち着かせようといろんな場所(特にヘチ際)に仕掛けを入れるが全て右側の巻いている岩の方へすっとんで行ってしまう。PM2:30位にやっと潮が落ち着いてきたので再開すると、ふくチャンにそれらしいアタリがあったが食い込まず3時40位に納竿、4時に船が来て磯を後にした。本島での今日の夜釣りは雨模様なので中止にした。

三日目もAM5時位に起床。今日は八重根魚協のもよおしで渡船は休み又、今日は島中シケで釣り出来るのは南原位とエ−スのおやじさん。南原のいつもの場所には先客がおり少し離れた場所で竿を出した。いつもは石物がすくないのにシケで風裏のせいか8〜9人が竿を出していた。AM9時位に生マガニ餌で本命場所の先客が小ワサ一匹上げ、その後たいしたアタリもなく1:30位に納竿。最終便にて帰路に着いた。お疲れ様でした(以上10/12夜付記載)

9月釣行

9/26〜28

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

9/26一便にて島へ。

シケにて釣り場所限定。成田会長なんとか地磯のヨノモウに入り小ワサのみにて当日は納竿。風裏でも、巻いてくる非常に強い風で釣りずらかったとの事。

この磯で8月に突き漁師(潜り漁師)が38Kのモロコを上げている。漁師の話では、突く時にそのモロコはタコを食わえていたそうである。モロコはタコでも食べるんですね。

翌27日、ウネリは残ったが成田、辻坂、辻坂会員の友人の3名にてウロウ根に渡礁、少し離れた海上で岩丸がダイバ-の客を乗せて居たので、携帯で情報を聞くと石物の大きいのが入って来ているとの事。今まで冷水海の影響で良い情報がなかったが3〜4日前から黒潮が島に直接当るようになり堤防等でも2〜3Kが上がるようになった。程なくすると、いい当たりで竿が入り、成田会長2K超のワサをゲット。

釣りの話ではないのですが、汽船にて島に着いた荷を堤防で作業員が作業している時に、急にシケになったその様子を岩丸八丈島のiwa-blog(岩丸)の岩ちゃんが偶然カメラに納めた、ど迫力の写真を見てください。我々は趣味で島に行っていますが、荷作業している方々は、島民の人が待っていた荷を何とか守りたい、流さないで頑張らないと・・・との思いが写真から狒々と伝わってきます。

辻坂会員とその友人は上物を狙ったがイスズミとダツのオンパレ−ドとの報告。   (以上9/27夜付記載)

28日は東北東7mの風でうねりをともない、ウロウ根には上がれず藍ヶ江にてAM6:30位から竿を出した。潮が殆ど効かないなか、ウニ芯でなんとか1.5k位のワサをゲット。ソコリの10時には潮は全く動かず沼のようになってしまったので早めに磯上がりし最終便にて帰路に着いた。お疲れ様でした。(以上9/28夜付記載) 

 

        沖にまだウネリが残っている。                

    9/27ウロウ根にてシラガ+ガンガゼ餌でワサ

8月 釣 行  8/13〜17

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8/13午後〜8/17午前八丈島釣行、成田、田代、金子の3名

8/13午後便にて金子のみ八丈へ。夕方南原にて竿を出すが付け餌がそのままで返ってくる。水温が低いようだ。

翌日14日、水温が少しでも高めと思われる南側の石積にてAM6:30位から竿を出したが相変わらず餌取りも何もない。AM9時位から直射日光で暑くて、暑くて、暑くて、日干しになる位暑くて、暑くて早々に水を500ml、3本飲んでしまった。

この釣り場は1.2m四方位で岩がすべり注意しないと危険で、さらにつるつるな岩も焼けて暑くてさわれない。先に入磯していた左10m位の本場所のテラス部分の上物師3人がカゴで何か釣れたようだが5.2m位のタモでも届かなく取り込みに往生しているようだ。

自分の背負いカゴの中には竿2本分の道具とオモリ、他が有り、10m位の岩崖を登り、さらに急な上り坂を帰ることを考えると溜息が出る。AM11時になり日陰もない、このクソ暑さで、釣りよりも急に冷たいカキ氷が食べたくなった。

降参して磯を上がり、ハアハア言いながらやっと車に着いた。心は釣れないなんとも言いがたい気持ちだが、顔と口はニコニコでアンバランスな精神でス-パ-に飛び込んだ。

8/15日は同会の成田会長と田代副会長が一便で来て三人で不動丸にて小島小地根北側に入り(小島の雲の影で陽は避けられた)PM3:30迄頑張ったが、田代氏モンガラ一匹で、たいした当りもなく納竿。

8/16日は急に発生した低気圧で釣りはとりやめて、皆で温泉に行きとなり当日はゆっくりし夜は宿の美女3人とカラオケへ。田代氏プロ並のギタ-弾きで歌も上手かった。お疲れ様でした。

   

   

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